レバノン留学者向け情報

レバノンは現在、極めて人気の高い留学先の一つですが、残念ながら留学生向けの情報は多く発信されていません。今後益々増えるであろうレバノンへの留学生向けに、留学お役立ち情報を発信します。

ロストバゲージ

 以前にも同じことを書いたが、レバノンを訪れる留学生は、ほとんど必ず、空路でやってくるはずである。というのも、レバノンが国境を接している国はイスラエルとシリアの二カ国しかない。しかし、イスラエルとは国交がないので陸路でイスラエルからは(相当の危険を犯さない限り)入国できない。また、シリアには各国の当局から退避勧告が出されているので、シリアからレバノンに陸路でやってこようという留学生の数は(シリア人でなければ)非常に限られると思われる。海路はといえば、トルコのどこかからトリポリまで船が出ているという話をきいたことがあるが、詳細はよく知らないし、これも留学生が利用するとは想定しがたい。つまり、ほとんどの留学生が飛行機に乗り、ベイルートのラフィーク・ハリーリー空港で降りてレバノンに入国するであろう。

 しかし、航空機に乗るということは、ロストバゲージのリスクを伴う。特に、ベイルートの場合、直行便が飛んでいる国・都市は限られる。例えば日本からはベイルートまで直行便が飛んでいないので、乗り継ぎ便を利用することになる。乗り換えを伴う旅程は、ロストバゲージの確率が高くなる。レバノンを訪れる留学生は、ロストバゲージのリスクに晒されているのだ。

 そこで、ここでは、将来の留学生たちの参考となるであろう、筆者のロストバゲージの経験を共有したい。

 筆者は以前所用でダブリンを訪れたのだが、この際、ルフトハンザ航空を利用し、フランクフルト経由でベイルートへ帰る予定であった。しかし、ダブリンからフランクフルトへ着き、ベイルート行きの便の搭乗を待っていると、「当便はオーバーブッキングのため、別便に振り替えて下さる方を一人募集します。振替便のベイルート到着は24時です。協力してくれた方には400ユーロ差し上げます。」というアナウンスがあった。このオファーは筆者にとって魅力的であった。400ユーロはかなりの大金である。航空券の4分の3以上返ってくることになる。しかも、ベイルート24時着ということは、フランクフルトを17時ごろに出発することになるはずだ。その時はまだ11時前。つまり、フランクフルトを観光する時間もあるわけである。

 そこで、筆者は搭乗口のカウンターへ行き、振り替えられる便の詳細を聞きにいった。筆者はてっきり次のフランクフルト­­—ベイルート便に振り替えられるのかと思っていたが、実は一旦フランクフルトからニースへ飛び、そこでミドルイースト航空(レバノンの航空会社)に乗り換えて、ベイルートへ向かわなければならないらしい。ただ、それでもフランクフルトを観光する時間はあるし、受付の人も「観光できるなんてあなたにとってとてもいい機会ですよ」と勧めてくるので、オファーを受けることにした。その際、荷物のことが気になり、その扱いを聞いてみたが、「ベイルートまでチェックインされているから大丈夫」だという。とりあえずその場でニース行きの搭乗券は発券してもらい、ニース—ベイルート便の詳細はあとからメールで送ってもらえることになった。この他、協力金400ユーロの引換券と、空港内で使える10ユーロの食事券をもらえた。協力金の引換券は、空港内の別の場所にあるルフトハンザのサービスカウンターに持って行けば、現金をもらえるかクレジットカードへの振り込んでもらえるという仕組みである。筆者は諸々こうした手続きを済ませ、フランクフルトを2時間ほど観光し、空港へ戻ってきた。

 ところが、空港のフリーWifiに接続してメールを確認してみたところ、送ってくれるはずだったニース­­—ベイルート便の詳細が届いていない。仕方がないのでルフトハンザの窓口に行き、この便の情報をプリントアウトしてもらった。また、荷物について再び気になったので再度確認してもらったところ、問題なくベイルートに一緒に届くことになっているとのことだった。

 ニース便の搭乗を待ちながら先ほどもらった次便の情報を眺めていると、どうやらニースでは乗り換え時間が1時間しかないうえ、ターミナル間の移動もしなければならないことがわかった。そこでニースのコートダジュール空港でのターミナル間移動について軽くインターネットで検索して、乗り換えダッシュを覚悟したところで、ニース行きに便に搭乗した。周りはいかにも「これからニースに行くぞ」という格好をしたバカンス客ばかりである。

 ニースに着くと、まず(予想はしていたが)タラップを降りてバスで建物に向かわなければいけない。これでまず時間を取られる。建物について、“Transfer”のサインを辿ってぐんぐん進んでいくと、ベルトコンベアーの並ぶ荷物受け取り所にやってきて、最後には空港の出口に辿り着いてしまう。しかし、どこを見回しても“Terminal 2”のへの方向を示す案内板はない。先ほどネットで検索した際、ターミナル間移動はバスと書いてあったので、“Bus”と書かれた出口を出てみるが、そこにも“Terminal 2”の文字はない。仕方なくそばを歩いていた重武装の警備兵に聞いてみると「あっちだ」と指さす。潮のにおいをかぎながらその方向へしばらく走ってみると、やっと“Terminal 2 →”という案内がある。それに従って更に走り、ターミナル間シャトルバスのバス停に着いた。

 フランクフルトで貰った次便の情報には「最終チェックイン時間 18:15」と書かれていたのだが、時既に18:25。もし次便に乗り遅れても自分のせいではないので、もしかしたらニースで一泊させてくれるのではないかなどと淡い期待を抱く反面、何か難癖をつけられて責任転嫁され、ニースの宿泊費とベイルートへの航空券代を自分で負担して翌日帰らなければならないのではないか、などといらぬ心配をしている内に、バスが到着した。しかし、バカンス客でいっぱいのこのバスは、ターミナル間を直接結ぶのではなく、「駐車場1」「駐車場2」など意味不明なバス停をいくつか経由してから、ターミナル2に到着した。バスを降り、ミドルイースト航空(MEA)のチェックインカウンターまで走ってゆくと、職員が2人いるが、客は一人もいない。「ルフトハンザに振り替えられた者だが」というとわかったと言って手続きしてくれた。どうやら間に合ったらしい。筆者の直後にも息を切らして泣きそうになりながら駆け込んできた客がいた。職員がトランシーバーで「客が他にもいるからすこし待って」というようなことを誰かに伝えていたので、かなりぎりぎりだったのかもしてない。

 とにもかくにも、こうして筆者はやっとベイルート行きの飛行機に乗れたのである。MEAは筆者に言わせればサービスがルフトハンザよりもよい。例えば食事はMEAの方がおいしい。また、ルフトハンザのベイルート—フランクフルト便はある程度高額で4時間もかかるのに、座席にスクリーンがついていない。だが、MEAのニース—ベイルート便は3時間半のフライトでちゃんとスクリーンがついており、見られる映画やドラマもある程度充実している。MEAに振り替えてもらいすこし得したかもしれない、などと思いながら、筆者はベイルートに到着した。

 しかし、その喜びも束の間であった。入国審査を経て、荷物受取所のベルトコンベアーの前で荷物が出てくるのを待ったが、どれほど待てども出てこない。同じ境遇の人が他にも5−10人ほどいるようで、「君もニースか、荷物はきたか」などと確認しあっている。これはどうやらロストバゲージである。

 仕方なくロストバゲージ用のカウンターへ行き、パスポートや搭乗券、ダブリンでもらった荷物の引換券などを提示し、捜索願を登録してもらう。「今はどこにあるかは分からないが、ベイルートに届いたらSMSで連絡するので取りに来い」とのことである。家まで届けないのかと聞くと、「レバノンのガバメント・ポリシーでデリバリーはない」らしい。筆者は空港から渋滞がなければ15分のところにすんでいるからいいが、遠くの人はどうするのか。車がない人は交通費だってかかる。酷い話である。とにかくこの日は荷物を引き取る際に必要な“Property Irregularity Report”という紙だけもらって家に帰った。

 翌日、よくよくこのirregularity reportを読んでみると、“colour/type”の欄に“blue/soft material”と書いてある。確かに色は聞かれたが、柔らかいか固いかは聞かれていない。ちなみに筆者のスーツケースは固い。勝手に適当なことを書かれたのである。おそらくは姿形ではなく荷物についているタグで判断するであろうから、この情報がどこまで重要かは分からなかったが、少し不安になり、電話して変更してもらうことにした。

 Irregularity reportには電話番号が二つ書いてあったので、とりあえず一つ目の番号に電話してみた。すると、アラビア語、英語、フランス語の順で「MEA荷物係です。しばらくお待ち下さい」というアナウンスが流れ続けたまま、なかなか繫がらない。仕方がないので二つ目の番号にかけてみると、今度は自動音声はなく、すぐ繫がった。しかし、「ロストバゲージについて問い合わせたいのだが」と英語で何度呼びかけてみても、相手は“Allo?”としか返さない。アラビア語で「英語は話せるか?」と聞くと、「いいえ。アラビア語で話して」と言う。「英語話せる人いないの?」と聞くと「あなた外国人?」そうだと言うと、電話口の向こうに向かって「外国人なんだけど英語話せる人いない?」と聞いている。程なく再び筆者に対して、に向かって「英語話す人いない。」と吐き捨て電話を切られてしまった。酷い話である。こちらの番号は諦めて、一つ目の番号に再度かけてみることにした。何度か挑戦していると、やっと繫がる。とりあえず英語で筆者の荷物が届いたか聞いてみたが、「まだ早い。早くても24時間か48時間かかる。明日電話して」と言われる。この間、私はずっと英語で話しているが、相手の返答は全てアラビア語である。最後に、「soft materialと書かれたのだが、hardに直してくれ」と頼む。“OK”などと言われたが、あまり期待しない。実はMEAのサイトでirregularity reportに記載された参照番号を入力すると、自分の荷物の状況が表示されるのだが、その日の夜に確認したところ、“soft material”と書かれたままだったので、恐らく変更してくれなかったものと思われる。

 翌朝起きてみると、午前5時頃にSMSが届いており、荷物がベイルートに届いたと書かれていた。とりあえず一安心である。その日の昼頃には空港から電話がかかってきて、「荷物が届いたから空港の到着フロアにあるLost and Foundまで来てくれ。朝9時から夜7時半まで毎日開いている。」とのこと。この電話では英語なんて話せないだろうと諦めて最初からアラビア語でやりとりしていたが、途中で「英語で話そうか」と聞いてくれたので、英語に切り替えた。

 翌日の朝、ついに荷物を受け取りに空港へ向かった。空港の到着フロアに着くと、建物に入って左端に、“Lost and Found”ではなかったが「荷物カウンター」というところがあったので、そこでirregularity reportを提示し、印を押してもらう。その次は空港の建物の反対側まで行き、軽いセキュリティーチェックを受け、二階(日本で言えば三階)に上がり、くねくねとした廊下の一番端まで歩いてゆき、そこでセキュリティーエリアに入るための許可証をもらい、再びエレベーターで到着フロアに降り、また建物の反対まで歩いてゆき、先ほどの「荷物カウンター」の隣にある検問所でセキュリティーチェックを受けなければならない。このセキュリティーチェックでは、パスポートを提示すると「中国人か」と聞かれた。荷物のことですこしいらいらしていた筆者は不用意にもいらついた態度で「日本人だ。そう書いてある」と言った。この筆者の態度に相手はすこし戸惑ったように見えたが、すぐに両手でバッテンを作ったポーズを見せ「空手はやっているのか」と聞いてきた。申し訳ないが、そのポーズでは空手ではなくスペシウム光線である。面倒くさいので微笑むだけで無視した。

 セキュリティーチェックを抜けると、ベルトコンベアーの並ぶ荷物引取所に出る。到着時にirregularity reportを発券してもらったロストバゲージのカウンターへ行き、再びreportを提示すると「どうぞ」と言ってカウンターの内側へ案内される。するとなにやら引き出しを開き、書類を探し始める。何を探しているのかと思いながら横で立って待っていると、「どうぞ、どうぞ、中へ(行っておいで)」と言って、カウンターの更に奥を指さす。その奥には、多数のロストバゲージが保管された倉庫があるのだ。つまり、自分で倉庫の中に入って荷物を探せということである。倉庫に入ってみると、所狭しと大量の荷物が整理もされず無造作に置かれている。床はべたついているし空気も悪い。この中を三周ほどしてみたが、自分の荷物が見つからない。少し焦って、倉庫を出て職員に「荷物はこれだけか」と聞いてみると、「向こうにもある」とカウンターの反対方向を指さす。カウンターの向かいにも、大量の荷物が並べられていた。そこにもあるならはじめからそう言って欲しい。カウンターの外側へ出て反対まで行くと、自分の荷物がすぐに見つかった。筆者は再会に安堵し、喜悦した。しかし、筆者の荷物は奥の方に置かれていたので、他の荷物をすこしかき分けて取り出さなければならなかった。その後は、税関を抜けて、他の到着客と一緒に到着フロアに出る。スーツケースを持って税関から到着フロアに抜けると、もう一度ベイルートに到着したかのような気分になる。とにかく、一件落着である。

 筆者のこの経験が、他の留学生の参考になることを願ってやまない